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010:2005年度 第2回 2005年5月7日開催

デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー 第2回
「人と森林」「マルチメディア人体」

0. 趣旨説明

“宇治橋客員助教授 今年度のbeat seminarでは、歴史的に著名なマルチメディアのレビューを行っていく予定です。第2回である今回は、NHKエデュケーショナル教育部チーフプロデューサである、BEATの宇治橋客員助教授により、NHK「人と森林」とNHK「マルチメディア人体」のレビューが行われました。宇治橋助教授ご自身が開発に携わっていたこともあり、コンセプトや経緯だけでなく、開発時の裏話などもご紹介下さいました。

1.「人と森林」

1.1.「人と森林」とは

“人と森林 「人と森林」は、1990年にNHKとアップルコンピュータジャパンの共同により制作された、小学校6年生を対象としたマルチメディア学習教材である。

発表資料はこちら(010-ujihashi.pdf、276K)

「人と森林」は主に学校利用を想定した教材であり、以下から構成されている。

  • ハイビジョン番組(15分の実写映像1本)
  • 電子印刷教科書(ハイビジョン・クオリティで印刷できるもの)
  • マルチメディア学習システム
    • LD(Laser Disc)+スーパーカード(動画・静止画・音声のオーサリングができるソフトウェア)
    • タッチパネルを用いたマルチメディアシステム

1.2. 内容

子どもたちは、タッチパネルを用いて自分の見たい映像を選ぶことができ、映像を視聴して抱いた疑問や問いを調査や取材などを通して追及する。既存の映像に自分たちが取材した映像や写真、テキストを加え編集して、学習レポートを作成することができる。

1.3. 開発の経緯・理念

1)ナビゲーション用キャラクターについて

「人と森林」の映像には、教育番組にありがちなキャラクターはあえて用いられていない。これは、キャラクターに必要以上に子供たちの注意・関心が向いてしまうこと、キャラクターによるナビゲーションが学習をパターン化してしまうことを防ぐための配慮である。

2)「インタラクティブ性」について

“「インタラクティブ性」について この教材の斬新なところは、子どもたちが自分の問題意識に基づいて、映像を選択的に閲覧できるところにある。教育番組は先生が選んで見せるもの、という常識に対して、このような学習者主体の「インタラクティブ性」を持った教材は初めてであった。
確かに、インタラクティブ性があることにより、効果的で効率的な学習が実現できる、という思想がこの教材の背後に存在している。しかし、そのような制作側の意図に反して、子どもたちは左上からすべての映像を順番に閲覧した。当時この実践に関わったBEATフェローの山内助教授は、この現象を「総当たり症候群」と表現している。
このようなインタラクティブ性に学習効果の向上を過度に期待したことが、「人と森林」の過ちであり、またその過ちは現在のWEBによる学習コンテンツで繰り返されているということが指摘された。

2.「マルチメディア人体」

2.1.「マルチメディア人体」とは

“「マルチメディア人体」とは 「マルチメディア人体」は、1996年にNHKエンタープライズ21が発売したCD-ROM媒体のマルチメディア教材である。この教材はNHKスペシャル「驚異の小宇宙・人体」という番組を基に、教育や医療関係の有識者、現場の教師、プログラマーやCGアーティスト、テレビ番組のプロデューサーが集まり、4年をかけて制作された。

「マルチメディア人体」は主に個人利用を想定した教材であり、以下から構成されている。

  • 「ダ・ヴィンチを救え!」(5つのナビゲーションゲーム)
  • 「ダ・ヴィンチの書」(人体映像百科事典)映像80分、静止画1400枚、テキスト25万字

2.2. 内容

主人公(学習者)はレオナルド・ダ・ヴィンチの弟子という設定。ゲームの内容は、病原菌に冒されたダ・ヴィンチを救うために冒険をし、特効薬を手に入れるというものである。冒険をする上で必要な知識は、ハイパーメディア「ダ・ヴィンチの書」を閲覧して得なくてはならない。無論、冒険をする上で必要な知識の中に、この教材で学んでほしい内容が織り込まれている。
「ダ・ヴィンチの書」は、映像・音声・テキストで構成されており、さまざまな表現が使い分けられ、幅広い年齢層に対応できるように工夫されている。学習者はこれらをインタラクティブに操作し、クリップ、メモ、レポート作成などの学習支援ツールを利用して学習を進めることができる。

2.3. 開発の経緯・理念

1)5種類のナビゲーションゲーム

これまでのマルチメディア教材は、主に学習者が自由にコンテンツを閲覧できるハイパーメディアが用いられてきた。しかし、単に自由度の高さだけでは、学習者が用意されたコンテンツを使いこなし、学習活動を構成することはできない。そこで、「マルチメディア人体」では5つのゲームを用意し、その謎解きのためにハイパーメディアを閲覧させるという形式が用いられた。5つのゲームを通じて、学習者は用意してあるコンテンツにまんべんなく、かつ興味を持って触れることができるように導かれる。

2)エージェント機能

「マルチメディア人体」では、制作のプロセスにおいて多くの形成的評価が行われた。子どもの表情や操作ログを記録し、どこでつまずいたか、どのボタンがあまり使われなかったかといったことを分析し、教材に修正が加えられた。形成的評価で得られたもっとも大きな修正点は、学習者が「何をしたらいいのか?」がわからなくなったときに登場するエージェント機能の追加である。

「マルチメディア人体」のエージェントは閲覧の履歴を記録し、以下のような機能を提供している。

  • 充分に閲覧していない分野を知らせる
  • 閲覧の記録を振り返らせる
  • クイズを出して学習の程度を確認させる
  • 操作が一定時間停止した場合、子どもが何を見たらいいか迷っていると判断し、その分野に関するこぼれ話をし始め、次の学習へのきっかけを作る。

エージェントについてはこの後のラウンドテーブルで大きな議題となった。

前半終了後、パネラーに、能力開発工学センターの榊正昭氏、金沢大学教育学部助教授の中川一史氏、元国立科学博物館の三上戸美氏を迎えラウンドテーブルが組まれ、ディスカッションや会場からの質問についての回答が行われました。

3. ラウンドテーブルの内容

プレゼンテーションツールについて

“プレゼンテーションツールについて まず、今回注目した教材にはプレゼンテーションツールが組み込まれているが、そもそもなぜプレゼンテーションをさせるのか、またプレゼンテーションにより学習の効果はあったのか、という質問があがった。
宇治橋助教授は、自分たちがわかったことを可視化することにより理解が進むという仮説を元に、プレゼンテーションが重要視され、今回紹介した教材にもその機能が盛り込まれている、と返答した。
一方、山内助教授からは、「発表の神話」(実は、小・中学校での発表は「儀式化」していて、子どもたちにとっては「やらされている」感が強く、本当に効果があるのか疑問である)という指摘がなされた。
中川助教授は、国語や社会などの教科では、発表の機会はたくさんあるため、「マルチメディア人体」に組み込まれているような教材固有のツールに頼ってはいられず、結局MS PowerPointなどの汎用的なツールに頼らざるをえないことを指摘した。加えて、このようなマルチメディア教材には、プレゼンテーションをするツールではなく、プレゼンテーションを支援するツール、たとえば重要な部分をスクラップする機能などを盛り込んだ方がよいという提案が示された。
榊氏は、発表活動をする子どもたちにとって、”自分の課題になっていない”ことが問題ではないかと述べた。放送番組や映画などの映像コンテンツはストーリーを通して制作者の意図した一連の気付きや課題を提供できることが制約でありまた利点でもある。他方、学習者の主体性に依存したインタラクティブなコンテンツは学習の多様性を生むかのように思われるが、そもそも子どもたちは学習のきっかけとなる”気付き”や、発表するべき”自分の課題”を必ずしもつかむことができない、という問題を指摘した。

また山内助教授は別の観点から、BLOGで体験をプレゼンテーションする人がたくさんいることに触れ、プレゼンテーションをしたいという潜在的な欲求の可能性を示唆した。この発言を受けて、宇治橋助教授は、体験とプレゼンテーションが切り離された場合、特に体験が今回のようなマルチメディア教材の場合、著作権の問題が大きく絡んでくることが予想されることを指摘した。

エージェントについて

“エージェントについて 続いて、エージェントは偉そうであったり、学習の道筋を押しつけているようで、子どもたちが嫌悪感を抱くのでは、という質問が会場から寄せられた。
中川助教授は、エージェントは自転車の補助輪と一緒で、導入部分では有効かもしれないが、慣れてくるとうるさく感じることもあるだろうから、エージェント機能は簡単にオン・オフできるべきであると述べた。

あらかじめ準備された学習の道筋を学習者がどう感じるのか、ということに関して三上氏は、博物館で配布されている見学ガイドを例にあげ次のように述べた。博物館には、ジャンル別に何種類かの見学ガイドが設置されているが、ガイドの減り方に差があるようだ。どちらかといえば、学習効果を見込んで綿密に計画したコースよりも、新館のテーマという大きな枠組みにこだわって考案したコースの人気が高いようだ。この差を厳密に評価するのは難しいが、学習者に対する「接し方」という、内容のスタンスに差があるのかもしれない。

国立情報学研究所の鈴木氏からは、エージェントの振る舞いの差が及ぼす影響について述べられた。教師型のエージェントは、接する人によっては「偉そうである」と嫌悪感を抱くことがある。共同学習型のエージェントはエージェント自身が学習の方法を例示し、それを使用者が参考にして学習効果が上げることができる。エージェントは振る舞いによっては学習効果の向上につなげることができるが、使用者が持っている世界観を破壊することにつながる可能性もある。
教材だけを与えても子どもは学習をしない、だから学校には教師がいて学習のきっかけをつくっている。しかしそこでは、教師と子どもを取り巻くさまざまな要素が深く相互に影響して、学習環境を形成している。マルチメディア教材において、安易に教師型のエージェントを登場させても、かえって子供たちに嫌悪感を抱かせてしまう要因になる。
山内助教授は、エージェントの研究は少ないが、キャラクターによる効果やPC・テレビなどのメディアによる受け取り方の差異などについて、ある程度の経験知を皆が持ち始めているのではないかと指摘した。

“第2回:「人と森林」「マルチメディア人体」 今回のセミナーでは、マルチメディア教材において、単にインタラクティブなコンテンツを提示するだけでは、学習者は学習のきっかけをつかむことができず、そのためにどのようなアプローチが可能かということが議論されました。エージェントを登場させたとしても、その振る舞いを深く考慮しないとかえって学習者に嫌悪感を抱かせてしまうことも指摘され、マルチメディア教材における今後の大きな課題があげられました。今回の教材は両方ともコンテンツはすばらしいものですが、その内容を学習者に効果的に提示するためには、従来の「教師と生徒」といった概念にとらわれない、マルチメディア教材独自の学習方法を創造していかなくてはならないと感じました。

次回の開催は6月11日(土)が予定されています。皆様の参加をお待ちしております。

テーマ

デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー
第2回:「人と森林」「マルチメディア人体」

日時
2005年 5月 7日(土)
午後2時〜午後5時
場所
東京大学 本郷キャンパス
情報学環暫定ANNEX 2F教室
定員
40名
内容
1990年にNHKとアップルコンピュータジャパンが共同で制作した「人と森林」、NHKスペシャル「驚異の小宇宙・人体」をCD-ROM化して1996年に発表された「マルチメディア人体」をレビューします。

前半
レビュー(報告 宇治橋祐之客員助教授)
後半
ラウンドテーブル

18:00〜
懇談会(希望者)
参加費
無料

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